小説 WILD ARMS 2
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序章
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第一章
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第二章
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第三章
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第四章
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第五章
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第六章
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第七章
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第八章
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終章
傷ついた世界が、少しずつ修復されていく。
癒やしの時間はゆっくりと、緩慢に流れる。もどかしく思うこともあるけれど、逸ってはならない。
激しい変化は歪みを生むだけ。焦らず一歩ずつ、進めばいい。
急ぐことはないのだ。
この世界には、まだまだ続きがあるのだから――。
――お。来た来た。
森の奥へと続く一本道、その入口の方から賑やかな声が聞こえてきた。
先頭は――青い髪のアシュレーくん。隣には赤い髪のマリナちゃん。仲良く並んで歩いちゃって、まあ妬ける。
しかも、二人がそれぞれ腕に抱いているのは。
布に包まれた、赤ちゃん。双子なんだって。可愛いねぇ。
二人のすぐ後ろには、少し背が伸びて大人っぽくなったリルカちゃんがくっついていた。ときどき前の二人の間に割り込んでは、赤ちゃんを覗き込んでいる。
「ねえ、アシュレー」
すやすや眠る赤ちゃんを見ながら、リルカちゃんが聞いた。
「この子たちの名前って、決まったの?」
「ん? ああ」
まあなと彼は言葉を濁す。
「なに、教えてくれないの?」
「うん、後でな」
そう言うとマリナちゃんと顔を見合わせて、笑った。それを見た彼女は膨れっ面をして後ろを向いたけど。
そこではティムくんとコレットちゃんが、前の二人に負けないくらい仲良く手を繋いでいたりして、おひとり様の魔女っ子はさらに不機嫌になる。
カップルに挟まれて肩身が狭いねぇ。でも、この子もプロポーズされたりしてなかったっけ。結局どっちを選んだのだろう。玉の輿か、将来性のクラスメイトか。わたし的には断然前者だけど。
聞いてない? あっそ。
「なあなあ」
トニーくんがニヤニヤと悪い笑顔をして、初々しい恋人たちに近づく。
「お二人は、赤ちゃんのご予定は?」
「な、と、トニーくんッ」
泡を食うティムくん。コレットちゃんも真っ赤になって下を向く。
さらに揶揄ってやろうと詰め寄ったトニーくんの身体が、ひょいと持ち上げられた。
小柄な少年の首根っこを掴んだのは、カノン。渡り鳥に戻った彼女は今も各地で生き残った魔物を祓っているらしい。
「昔読んだ本に、人の恋路を邪魔する奴は蹴り殺すのが礼儀だと書いてあった」
試してみるかと凄まれて、トニーくんはじたばた藻掻いて逃げ出した。冗談のつもりなんだろうけど、迫力がありすぎて怖い。というかどんな礼儀なんだ、それ。
「た、助けてッ」
トニーくんは後ろの方で悠然と歩くマリアベルのところに駆け込む。
「ふむ」
マリアベルは愛想笑いを浮かべる少年を大儀そうに見下ろした。いつもの着ぐるみ姿ではなく、隣で付き添うスコットくんの傘を日除けにしている。
二人ともすっかり彼女に懐いて……というか飼われてるのかな。ううん……まあ二人が幸せなら、それはそれで。
「どうせ蹴り殺されるならわらわに、ということか。良い心がけじゃ」
「ち、ちが……ひえッ」
ドレスを捲って足を突き出すマリアベルに、トニーくんはまた逃げ出した。このお転婆っぷり、懐かしいなぁ。一緒に遊んでいた頃を思い出す。
もう、ひとりぼっちの支配者じゃないんだ。よかったね、マリアベル。
「素敵な森だね、おじさん」
少し離れて、大きな男の人と小さな女の子――何から何まで対照的な二人が歩いてくる。ブラッドと、セボック村のメリルちゃん。約束通り村で一緒に暮らしているらしい。
「大きな木がいっぱいで、生き物もたくさんいて。こういう森がもっとファルガイアに増えたらいいな」
「そうだな」
不愛想に相槌を打つブラッドと、構わずニコニコと話をするメリルちゃん。彼女は紙で包んだ花束を胸いっぱいに抱えている。
「村の南の森もね、ちょっとずつ緑が戻ってきてるんだ。枯れた木の下にいっぱい芽が出て、わたしと同じくらいの高さまで伸びた木もあって」
「一人で森に行ったのか?」
「うん。でもラッシュは一緒だったよ」
ブラッドはひとしきり難しい顔をしてから前に向き直ると、やっぱり不愛想に言った。
「あの付近はまだ魔物がうろついていると聞く。次からは行く前に俺に言え」
「はーい。ボディガードよろしくね」
何だろうね、この関係。恋人にしては歳が離れすぎてるし、そんな雰囲気でもないし。親子……という感じでもないかなぁ。
ま、どちらにせよ微笑ましいから、いいか。
二人のさらに後ろ、最後尾を歩くのは、桃色と水色――あの二人組。
「あれ、ケイちゃんもう泣いてんの?」
「なッ、違う、これは……」
顔を背けるケイちゃん。ミーちゃんの方は回り込んでしつこく顔を覗き込む。
「違わなーい。目、真っ赤」
「うるさいわねッ。その……色々と思い出しちゃって」
「そうだねぇ」
子供っぽい方が、大人っぽい方の頭を撫でて慰める。見てて飽きないコンビだ、本当に。
「いろいろ、あったもんね」
二人はまた並んで歩き出す。その先に見えてきたのは。
森の中の――小さな花畑。白い花が木々の合間を抜けてきた風に戦いでいる。
そして、花畑の真ん中には。
幅広の、古びた大剣。地面に真っ直ぐ突き立っていた。
「アーヴィング――」
アシュレーくんが、その前に立つ。他のみんなはそれを囲む。
「一年、経ったよ。貴方が命を懸けて護ったファルガイアは」
少しずつ、蘇ろうとしている。
「大地を枯らしていたのは、災厄でもガーディアンでもなく――人間だったんだ」
人間こそが、ファルガイアの守護者。そのことを人間たちはいつしか忘れてしまった。人の心が――この大地を荒野に変えていたのだ。
「あの戦いで、僕たちはようやくそのことに気がついた。そう」
世界を救うのは、たったひとりの英雄ではなく。
ひとりひとりの希望なのだと――。
メリルちゃんがそっと進み出て、抱えていた花束を剣の前に供える。
「アーヴィング、アルテイシア。そして――アナスタシア」
うん。
「僕らが取り戻した、この心――それを忘れないためにも、貴方たちのことは語り継いでいこうと思う」
世界を救った英雄の物語ではなく。
世界を託した人間の物語として。
「これからも――このファルガイアが続く限り――」
父親が、胸に抱いていた我が子を持ち上げる。
「アーヴィング――」
母親も、安らかに眠る子を掲げる。
「アルテイシア――」
ふたつの小さな命は、降り注ぐ光を浴びて、脈打つように輝いていた。
「君たちが、次の希望だ」
この、英雄なき世界を護る――守護者だ。
「貴方たちの想いも、受け継いでいくよ。だから」
安らかに。
「――おやすみ」
うん。ありがとう。
本当はね、いつでも還ることはできたんだ。
ここに立っている剣は、もうアガートラームじゃない。剣の形をした、ただの鉱物の塊。今では何の力も持っていない。
だから、わたしをここに繋ぎ止めていた呪縛も、とっくに解けていた。還ろうと思えばいつでもできた。
でもね、何となく……心残りだったんだ。名残惜しい、というか。
やっぱり少し寂しかったのかもしれない。みんな喜んで、嬉しそうにして――見ているわたしもそれは幸せな気持ちにはなったのだけど。
その輪の中に入れないことが――ちょっぴり、哀しくもあったんだ。
こういうの、とっくに慣れっこのはずだったのにねぇ。やだね、我ながら未練がましくて。ルシエドどこ行った。一発モフりたい。
最後も結局マリナちゃんに全部持ってかれてしまったしなぁ。いつ出ようか待機してたのに、「英雄なんていらない」って目の前で言われて。わたしのこと全否定ですか。ビックリして出そびれちゃったよ、もう。
でも、わたしが出てもやっぱり封印までしかできなかったと思うから、これで良かったんだよね。きっと。
わたしができなかったことを、みんながやってくれた。一人で戦って未来を繋いだ、その頑張りが報われたんだと思うと――。
うん。
もう充分。思い残すことはない。
年寄りはいい加減に退かないとね。これからは――みんなの時代だ。
それに、上でも待ってる人たちがいるし。暴走して散々迷惑かけた身内が。たくさん叱って、それから。
抱きしめてあげよう。お疲れ様、って。
わたしも、あの子たちも、みんな――ファルガイアが好きだったんだ。その気持ちは同じ。だから。
ありがとう。ファルガイアを護ってくれて。これからも――よろしくね。
さよなら。
また、どこかの世界で――逢えたらいいね。
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